「オペラ座の怪人のクリスティーヌってひどくない?」
劇団四季『オペラ座の怪人』を見終わったあと、こんな感想を持ちませんでしたか?
実は私の劇団四季『オペラ座の怪人』初観劇の感想が、「クリスティーヌってひどい女性」でした。
しかしその感想だと、物語の辻褄が合わない点が出てきて…。
そこで他の方の解釈はどうなのだろう?と調べてみると、クリスティーヌの気持ちについては、いろいろな解釈があるんですよね。
物語の解釈に正解はない、けれども様々な解釈を知ることで疑問が解けたり、物語に深みが出てきたりします。
このマニュアルでは、クリスティーヌの気持ちについて、いくつかの解釈をお伝えしていきます。
マニュアルを読めば新たな発見があり、また一つあなたの『オペラ座の怪人』のストーリーに深みが出てくることでしょう。
オペラ座の怪人のクリスティーヌはひどいのか?
「オペラ座の怪人のクリスティーヌがひどい」は、主に下記の2点で思われているようです。
- クリスティーヌが勝手にファントムの仮面を剥いだのに、ファントムの素顔をみて怯えて拒絶した点
- クリスティーヌがファントムとラウルの二人に気があるような態度を取っていた点
クリスティーヌは、ファントムの隠れ家に行った際、ファントムの仮面を許可なく剥いでしまいました。

コンプレックスを隠していた物を勝手に取るという行為、普通に考えたらヤバイ人ですよね

どんな嫌がらせだよ、という感じです
そしてクリスティーヌは、勝手にファントムの仮面を奪って素顔を見たのに、その後怯えるんですよ。
ファントムにしてみたら、傷口に塩を塗られているようなものじゃないですか。
この点で、「オペラ座の怪人のクリスティーヌ=ひどい」になるわけです。
また、クリスティーヌがファントムとラウルの二人に気があるような態度とは、クリスティーヌは、最初ファントムに気があったけれど、ラウルが現れた途端ラウルに恋して、それでもまだファントムに気があるような態度をとっていたように見えた点です。
これは、クリスティーヌが優しい性格のために、優柔不断になってしまったことが原因でしょう。
もっと早くにファントムに「私はあなたに気はないのよ」と、はっきりした態度を取っていれば、ファントムはあそこまで悲恋にならなかったのではないか、と思えるのです。
クリスティーヌのはっきりさせない態度が、「二人の男性を振り回す=ひどい女性」になるのです。
主にこの2点で、オペラ座の怪人のクリスティーヌはひどい、と言われています。
オペラ座の怪人のクリスティーヌの気持ちは?
オペラ座の怪人のクリスティーヌの気持ちは、人によって解釈がいろいろありますが、「クリスティーヌ=ひどい」と解釈する人は、少数派のようです。
では、クリスティーヌの気持ちをどのように解釈している人がいるのか、いくつか見ていきましょう。
クリスティーヌの気持ちはラウルにあった?
私は、クリスティーヌの気持ちはラウルと再会した時から、ラウルにあったのだと思います。
その点は、劇団四季のオペラ座の怪人を観た友人・知人、あるいはネット上のブログなどでの評価でも、クリスティーヌの気持ちはラウルにあったとみている人がほとんどでした。
クリスティーヌのファントムへの気持ちは?
ファントムに対するクリスティーヌの気持ちは、大きく分けて3つの解釈に出会いました。
- 「音楽の天使」への尊敬の念、亡き父の姿を重ねていただけで、最初から恋愛的な愛はなかった
- 「音楽の天使」として崇拝しているし、多少の恋愛感情はある
- 父親が送ってくれた「音楽の天使」として頼れる師であると同時に、父親の面影を重ねて愛情を感じていたが、後半は母性愛へと変わった
クリスティーヌのファントムへ対しての気持ちについては、「これ」とはっきりと言葉にしている場面はありません。
そのため、観ている人それぞれの受け止め方です。
多くは、クリスティーヌはファントムに対して恋愛感情はなかった、として観ているようですが、なかには多少の恋愛感情があったのでは?という人もいました。
父親が送ってくれた「音楽の天使」として尊敬し、父親の姿を重ねて愛情を持っていたのは共通認識のようですね。
オペラ座の怪人のクリスティーヌのキスの意味は?
クリスティーヌはクライマックスでファントムにキスしますが、何故キスをしたかについては理由が明かされていません。
そして多くに人が、「何故クリスティーヌはファントムにキスをしたんだろう?」「どういう意味だったんだろう?」と疑問に思う点でもあるんですよね。
そして解釈は大きく分かれていて、興味深いんですよ。
クリスティーヌのキスには、主に3つの解釈がありました
- ラウルを助けるためのキス
- ファントムを愛していたためのキス
- 母性愛としてのキス
ひとつずつ見ていきましょう。
ラウルを助けるためのキス
クリスティーヌは、ファントムに「自分かラウルかどちらかを選べ」と言われました。
ラウルを選べばラウルは殺されてしまう状況です。
「好きな人を殺されたくない」思いから、クリスティーヌはファントムにキスをした、というのがひとつめの解釈です。
このキスに対して、ファントムはクリスティーヌが自分を愛していないことに気づいてしまいます。
そして、ファントムがクリスティーヌとラウルを解放する意味については、二通りの見方がありました。
- 愛されていないのにされるキスの虚しさに気づいた
- クリスティーヌがラウルを助けるために偽りのキスをする、その一途な愛に心を打たれて、自分はこの二人の愛にはかなわないと思い身を引いた

自分の愛が成就されない、悲しい結末ですね
ファントムを愛していたためのキス
二つ目の解釈は、クリスティーヌもファントムを一人の男性として愛していたからキスをした、というものです。
このキスによりファントムは、自分の望んでいたものが手に入りました。
それと同時に、自分勝手で盲目的だった愛が浄化されたのです。
クリスティーヌを解放した理由は、犯罪まで犯してしまった自分と一緒にいることは、クリスティーヌにとって幸せではない、クリスティーヌの本当の幸せを願った、というものでした。
観ている側としては悲しいですが、ファントムとしては愛が成就した結果ですね。

ファントムにとっては、ハッピーエンドですね
クリスティーヌの母性愛としてのキス
3つ目の解釈は、クリスティーヌの母性愛です。
「醜さは顔にはない、けがれは心の中」とファントムに言ったクリスティーヌは、直前までラウルを助けたいと願い、自分とラウルにひどい仕打ちをするファントムに憎しみを持っていました。
しかしクリスティーヌは、ファントムのこれまでの孤独や苦しみを理解し、共感して「醜い顔など関係ない」と、母性愛的なキスをしたのです。
私は、「クリスティーヌの母性愛」と考えると、このキスは非常に意味のあるものに感じます。
なぜなら、以前クリスティーヌが、ファントムの仮面を勝手に剥いでしまったのと対照的なシーンだからです。
勝手に仮面を剥いでしまった時は、クリスティーヌはまだ幼くて、ファントム自身を受け入れられませんでしたが、このキスの場面では、クリスティーヌ自身が成長した証ともなっています。
このシーンがあることで、クリスティーヌが勝手に仮面を剥いだことに意味を持ち、クリスティーヌが単にひどい女ではなかったんだなぁ、と思えるようになりました。
ファントムは、このキスによって自分の母親から与えられなかった「愛」を手に入れられ、感動し衝撃を受けます。
ファントムが、この「愛」で今までクリスティーヌに執着していた思いを手放せ、解放したと解釈します。

ファントムは熱望していた愛が手に入り、気持ちを浄化できた。
ファントムにとって、本当のハッピーエンドなのではないでしょうか
オペラ座の怪人のクリスティーヌはひどいの結果は?
ストーリーの解釈は、人によってさまざまで正解はありません。
そのため、オペラ座の怪人のクリスティーヌがひどい、という見方も間違いではないでしょう。
しかし、クリスティーヌがひどい女性だったわけではなく、もともとファントムに恋愛感情はなく、音楽の師として尊敬していた、母性愛があったなどのいろいろな見もあります。
「そんな見方もあるんだぁ」と知って、『オペラ座の怪人』を観てみると、また違った角度から観れて楽しいんじゃないんでしょうか。
このマニュアルで述べた解釈は、主に劇団四季で上演されている『オペラ座の怪人』を基にしています。
『オペラ座の怪人』は、映画や本、宝塚バージョンなどあるので、いろいろ比べてみると面白いと思います。
「劇団四季の『オペラ座の怪人』には、どんな人が出ているの?」と疑問に思ったあなたには、こちらのマニュアルをどうぞ!

同じ演目でも演じる俳優によって、ストーリーの味が変わってきます。
特に劇団四季の『オペラ座の怪人』はその傾向が強いようですので、ぜひいろいろな方の『オペラ座の怪人』を観てみてくださいね。


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